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2011年8月19日 (金)

8月13日、14日

ということで先週の競馬。今週の新潟出発前に片づけておきたい。

 12日金曜夕方に、新潟へ前乗り。昼は焼かれるような陽射しも、日が落ちるや涼風が吹きぬけるのが地方の夏。

競馬ラボの原稿を書いて、翌日の特別予想に目鼻をつけた段階で夕飯へ。去年から足を運ぶようになった「壱勢」(カタカナでデザーモと書いたサインがあるあの店)。サザエ壺焼、イカのわた焼き、地鶏の天ぷらにコシヒカリの握り飯、ビール・・・で収めようと思ったら、トマトサワーに目が行って追加注文。トマトサワーというとトマトジュースを酎ハイに入れただけのものを想像するけれど、これは天然のトマト果汁を大量にサワーに絞ったもので、トマトジュースのあの赤みや独特の風味とは無縁。果汁の自然な甘みが実にまろやかでオイシイ。酒に弱い自分としては少し量が過ぎたかもしれない。

 ホテルに戻ってから酔い覚ましに、NHKで再放送されていた「未解決事件を追え~グリコ森永事件の検証」をたまたま見る。大学生だった頃に起きたこの事件には、そのミステリアスな展開が喚起する下衆な好奇心と、警察権力を手玉にとった、ある種の痛快さ(不謹慎・・・とかいちいち書くことこそバカらしいが)とを同時に感じたものだ。今、思い出したけれど、当時のたけしのオールナイトニッポンに、この事件をネタにした投稿をして褒められたことがある。(さりげなく自慢の種)

 例のキツネ目の男として取り調べを受けた宮崎学が、その著書でも記していたけれど、今回のドキュメントでも、県警、府警同士の矮小な縄張り意識が、事件解決を阻害した最大の要因であることを指摘していた。現場で捜査に当たった警官たちと、指揮系統に居た上官たちとの温度差や意識の違いは、30年近くを経た今でも鮮明で、一枚岩になっていなかった(なれない)警察の弱さを浮き彫りにしていた。

そもそも、今回の証言で初めて知ったのだが、警察では検挙率の向上を理由として、県同士のライバル意識をアオる教育を新人時代から続けていて、それは今でも変わらないのだそうだ。それが悪い方へ作用して、捜査の硬直化を生むことがままある。この事件だけでなく、世の未解決事件にはこのことが幾分か関わっているのだろう。

 犯人グループは、再三送りつけてきたメッセージで大阪府警や、最高責任者の四方本部長をアホども呼ばわりしていたが、徹底した組織力の下で効率的に動いた犯人側から見たら、硬直化した指揮系統のために次々とチャンスを逃した警察は、本当に愚かに見えたことだろう。

 ただ、宮崎説では事件直後の株価の乱高下に注目し、この事件の目的が株価操作にこそあったと結論付けていたが、今回のドキュメントでは時効とその前後における捜査員の悔恨を描くことで終わっていた。事件の裏側の検証までには至らなかったところだけが、画竜点睛を欠いた感もあるが、時間的制約から難しかったのだろう。

 ・・・などと夢中になって見ていたら完全に酔いも醒めて、予想再開。原稿その他を挙げて深夜就寝。

 土曜は1R直前に競馬場着。馬券はどうも無警戒馬に割り込まれて、馬連や3連単は不完全燃焼。ピンポイントで面白いと狙った小倉1Rのミスマルシゲの複勝、新潟4Rのダイワコルツの複勝とワイドで何とか凌ぐ。

 新潟の芝は、さすがに外差しが決まり始めてきた。スローが定番の外回りでも、前がつかまるケースが目立ってきた。

 驚いたのは札幌。ああもいきなり馬場の真ん中から外寄りの差しが決まるとは思わなかった。

現地にいる人たちの話のさらに又聞きになるが、札幌はこの土曜日曜こそ涼しかったものの、これまで頻繁に30度を越していたので、洋芝が例年よりヘタれ気味であること、またその気候のために芝の張替がうまくいかず、4角あたりからつぎはぎ状態になっているということで、この辺が原因と思われる。インが映像の見た目以上にボコついていたり、あるいは外目もグリップの利く馬場になっていたりするのだろう。

 この日最大のショックだったのは札幌メインでのラテアートの大敗。やや出遅れたのも痛いが、それにしてもあの手応えで・・・。最内枠が却ってアダになる馬場に泣いたという面もあるのだろうが・・・。分からない。

 いささかガッカリして帰宅。翌日には今度は徳島へ向けて旅立つ強行軍。

 日曜朝はまとめてPATで馬券購入。飛行機に乗るまでの道すがらも、耳にはラジオのイヤホンを差していた。徳島到着後はまとめて成績のチェック。自分のサイトで配信した新潟2Rを馬連と3連複で獲れる幸運(本命ウインロバリーが勝ち切ってくれたのが大きい)に恵まれたこと、そしてクイーンSでいったんはコスモネモシンに出られながらも、アヴェンチュラが差し返してくれたことが幸いし、久しぶりの大漁。小倉8Rもうまくいった。心に曇りもなく14年ぶりに阿波踊りを観光。

 16日に帰宅後はバタバタと仕事。セイウンスカイが早世。血が残らなかったが、個性派マイヨールに一層の覚醒を期待したい。

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