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2016年8月17日 (水)

8月12日・金曜

◆引き続きオフ会のお知らせです。

828日(日)に行ないます(場所などの詳細については参加希望者の方に直接メール致します)。

○参加条件

・8月28日(日)時点で「水上学と絶叫する会」会員であること

・場所、人数確保の関係で確実に参加できる方(府中市内で行います)

○参加費用

・会場費 2500円(実費)

・競馬終了後の飲み会 実費(3000円程度)

とさせて頂きます。なお、会場の都合上、8月19日(金)までにお申し込みください。応募者多数の際は抽選とさせて頂きます。

お申込みについては

info@mizukamimanabu.net

に件名【オフ会参加希望】と書いてお送りください。詳細をメールさせて頂きます。

 

◆今、17日の朝8時半すぎ。女子バドミントンの日本人対決を見ながら。前回のオリンピックの他国の「無気力八百長対決」(同国選手の激突を避けるための談合試合が大問題となった)の煽りを受けて抽選ルールが改正、運悪くとばっちりが日本に回ってきてしまった。

 

◆12日金曜はキャリーバッグを引きながら女子医大の定期検査のあと東京駅へ。新潟へは夜7時前に入る。この日は古町に投宿。

柾矢小路を郵便局方面に向かい、古町モールを右に折れてしばらく進んだところに見つけた「風薫る」で夕食。

豊栄トマトの巧さに仰天。何年も新潟に通っているが、初めて食べた。こんなにフルーツのようなトマトがあるとは。あっという間に1個分平らげる。そしてうなぎの天ぷら。タレのないうなぎは甘いものだったのね。そしてビールに合うスズキの肉厚の刺し身、舛入りイクラこぼれ飯で締める。

 

◆武邦彦 元騎手、調教師逝去のニュース。何と言う悲しい巡り合わせの年だろうか・・・。

当時としては騎手の中で飛び抜けた長身で、腰を高くして身体を折り曲げた独特のフォームは、レースでどこにいるかひと目で分かった。魔術師のニックネームは寺山修司が贈ったもの、「手綱ではなく糸一本で馬を操る」と寺山が描写したその華麗な騎乗ぶりを、リアルタイムで堪能できたことは幸運だった。

 

「脚を余らせて負けることが騎手にとって最も恥かしいこと」と語っていた武邦彦騎手が、キタノカチドキのダービーで直線、閉められるポジションに入ってしまい、まさに脚を余してしまっての3着。そして菊花賞で、同じミスをしたら免許返上を内心期して、勝負服の内側にライセンスを縫い込んで臨み、見事2冠に導いたレースを、引退後も最も思い出深いレースとして語っておられた。騎手人生最後まで、自分のミスで3冠を取らせてやれなかったことを悔いていた。

 

 個人的に私が見たGⅠから武邦彦3番勝負を選ぶなら、距離不安を折り合いでカバーし、こう乗れないと勝てないという騎乗を易々とやってのけたインターグシケンの菊花賞、どこをどう通ってきたか、内枠捌きの芸術を見せつけたタカエノカオリの桜花賞、そして2着に負けたレースだが、大逃げエリモジョージをただ1頭、早めに気付いて人気を背負いながらロングスパートを仕掛けて追いかけていったロングホークの天皇賞春。飄々としたインタビューや騎乗ぶりに隠れているが、このレースは勝負師としての気迫も見せつけてくれたことに後年気付かされた。

もちろん史上最高の馬であるトウショウボーイでの手綱、とくに宝塚記念での逃げも凄かった。

 

 長身のため減量に苦しみ、ビールで空腹を騙しながら雨合羽を着てサウナに入るという苦労は当時喧伝されたが、そんな苦労を微塵も感じさせない華麗なジョッキーであった。ただ勝つ騎手ならもっと他にもいるが、巧いなあ、カッコイイなあと詠嘆させてくれたのは、東の中島啓之、西では武邦彦(スゴイなあなら福永洋一がいるけれど)。大きな出遅れや折り合いを欠くようなシーンは、いささか記憶が美化しているかもしれないが思い出せない。兄弟子として河内洋を育て、父として武豊を育てたその功績も絶大だ。

 ご冥福を祈ります。

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