本文へジャンプします。




« 埋め草程度 | トップページ | 1月14日 土曜の競馬 »

2017年1月13日 (金)

埋め草その2

◆あれほど大みそかまでもてはやされたピコ太郎も恋ダンスもパーフェクトヒューマンも、ひと晩過ぎただけで年を跨げば、もうテレビでもパッタリと見られない。前も「年明けリセット現象」について書いたけれど、本当に年が明けた途端になかったかのようになるものが、たくさんあるのは面白い。

 

◆この週末の寒波は最大級だそうだ。北極圏なみの寒気がやってくるとのこと。センター試験受験生にとっては、ここまで年末年始、穏やかな気候がずっと続いてきたのに、なんでこの週末に・・・と暗澹たる思いだろう。しかし得てして、人生においてこうした巡り合わせの悪さは頻繁にやってくるものだ。自分は2度共通一次を受けているが、たしか1回目は粉雪くらいの軽めの雪が降った記憶がある。何を恨んでも仕方ない。条件はみんな同じと割り切るしかない。

 

◆いろいろな方からメールで、先週の予想についてお褒めの言葉を頂くが、前に書いた理由に加え、以前のレースを見て得られた印象や検証が、偶然にも正しかったようにみえる現象がこのところ続いていることもあるようだ。年末のミスエルテもそうだったが、特に中山金杯のストロングタイタンとドレッドノータスに反映できた気がする。もちろん本当に何が理由で負けたかは誰にもわからない。競馬、というか馬券とは勘ぐりと決めつけで成立する遊びである。

 

◆安易な「時間限定テーマ作品」(余命があとどれだけという状況や、記憶が何日しかもたないとか)が実に多くないか?以前から多かったがこのところ本当に目に付く、というか鼻につく。時間設定を作るのは、実に安直に緊迫感と悲壮感を盛り込むための方便である。性別入れ替わりとか、時空を飛び越えるとか、その手の似たような作品も多い。安易すぎて作り手の懊悩が見えない。

あと気がつけば、ゲームのTVCMも多くてうんざりする。

 

◆サンケイスポーツの社説的?コラム(裏一面)に、人工知能に関する産経新聞本紙のコラムを引いて記事が書かれていた。雇用問題に関することだった。

チェスとか将棋で人間が負けただの勝っただのというニュースは何度か目にしたことがあるが、そんなことはどうでもいいことで、人工物が人間を超えることは本来ならあり得ない。人工知能をどう使うかを決めるのは人間であるからだ。

前回、たまたまドローンやロボットの件で書いたけれど、人工知能にしても同じで、人間ができないことを克服してメリットを享受し、ハッピーになるための使い方をすればいいだけであり、一部の知的エリートが合理を突き詰めるために使うとか、特定の集団や個人が利益を得るために使おうとするからおかしなことになってくる。人工知能の脅威や人の営為への関わりを謳っている奴らというのは、メディアに浮かされて考えが浅いだけか、あるいはそういう事態になることで利益を得ようとする立場の人間の企みにすぎない。

そもそも、人工知能は無から有を作りだすことはできない。プログラムから逃げることができない。広義のクリエイティビティ、想像力において、人間は圧倒的な優位性を持っている。

 

 

|