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2017年3月 2日 (木)

かまやつさん逝く

かまやつさんが亡くなってしまった。

私の音楽史の原点はスパイダーズ。子供の頃だから,ルックス重視でキーボードの大野克夫のファンだったけど、キーボードは地味で真似しても面白くないから、すぐできるのは箒をギターに見立てて、それはつまり井上堯之orかまやつひろし。真似している内にかっこいいギターの音色に乗ることを覚えた。

 フリフリにしてもバンバンバンにしても、かまやつさんの作った曲はどこか変だった。変だけどカッコイイ。私の知っているスパイダーズは末期の頃で、それらの曲が出た頃はきっともっと勢いのある演奏だったのだろうけど、テレビに本当にかじりついて見ていたなあ。

 

 解散後は忘れていたけど、拓郎が提供して大ヒットした「我が良き友よ」は小学校6年生の時だった。今でもフルで歌えると思う。

 

音楽業界の端っこに居るようになってから初めて、当時スパイダーズがやっていたことの凄さを再認識できた。20年くらい前、当時六本木のロアビルの裏手にあったかまやつさんのプライベートスタジオで、手づからサイフォンで淹れて下さったコーヒーを飲みながら、長々とお話を伺う機会に恵まれた。吸ってたタバコは本当にゴロワースだったことに感激。

60年代末期、海外で買いこんできたレコードを聞きながら、この音はどうやってつくっているのか、さまざまな実験をしながらレコーディングして試行錯誤していたという話。ひとり多重録音の走り。手法は完全にニューウェイヴだった。録音スタジオに居るのが大好きと言っていた。

若いミュージシャンと付き合うのが大好きで、全然大御所ぶったところがない。私が話した時は小西康陽さんと小山田圭吾くんをベタボメしていたっけ。

 

これは、かまやつさんがデビューをプロデュースした、当時学生だった(卒業直後かも)の荒井由実が観客の役を演じ、バックをかのティンパンアレイが勤めた貴重な映像。向かって左側、終わり間際にかまやつさんがタバコに火を点けてあげているのが細野晴臣だ。これを聞くと、本当に日本のレアグルーヴ的(エアグルーヴじゃないよ)音楽だったことが良く分かる。

紋切りな言い方だが、本当に粋でお洒落なオジさんだった。2回お目にかかっただけですがいろいろな話を教えて下さってありがとうございました。

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