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2017年7月 3日 (月)

福島競馬初日

71日土曜は福島へ。新幹線が郡山に差しかかったあたりから激しい雨が降っていたが、福島へ近づくに連れて雨が上がり、駅前は曇天ながら雲の切れ間からは弱い日差しも見えた。ただ例年の蒸し暑さはなく、お昼頃からは涼しい風も吹きわたった。メインレース前からは完全に晴れ、そこから気温が上がる。

 

駅から競馬場に向かう途中のタクシー内でのラジオ福島、かかっていた湯原昌幸の「雨のバラード」を唄える自分の年齢が悲しい。そして曲が流れた後、リクエストを募るアナウンサー?が「メールは○×●△・・・・えー忘れました、ゴメンナサイ(CMへ)」という信じられない展開に声を出して笑いそうになる。長閑でたいへん宜しい。ローカル開催の楽しみの1つに、自分の場合は、東京では味わえないノリのラジオを聞くということもある。

 

福島競馬場の芝は、見た目相当に長い。日本一馬が近くに見える競馬場(おそらく)、個人的には中山と並ぶ最も好きなコースだが、人出は例年に比べると今イチか。

 

当ブログの読者という方に声をかけて頂いて、恐縮しきり。福島だとラジオ日本はカバーしていないので、たまに声をかけて下さる方のほとんどはブログの読者諸兄だ。

 

喜多方ラーメンを食し、恒例の北の綿雪をデザート代わりに。この開催からはラジオの担当が午後後半なので、7Rまで下で見て控室へ。どう見ても3頭立てと思っていた5Rの新馬戦が外れたことには軽いショックを受けたが、本番前に9Rの南相馬特別が○▲◎のほぼ本線、少頭数で固めていたのが功を奏して安心。

しかし放送内では、10Rは勝ち馬が、12Rは2着馬が買えず、メインの安い馬券しか当てられなかった。私の馬券どうこうよりも悲しかったのは11Rで起きたマルヨバクシンの故障。最後の直線なかばの地点で転がった田辺騎手はすぐに座ったが、自らの足では立ち上がれず。係員と話をしていて、身体の幹部や頭部には異常がなさそうなのはすぐに分かったが、担架で救急車に乗せられた(その後くるぶしの骨折と発表)。

悲惨だったのは馬の方。完全に右前脚がブラブラになっており、そのまま数十mほど走ってゴール手前でようやく止まった。痛みに狂奔することもなく、自らの運命を悟ったかのような落ち着いた表情で、近寄ってくる係員を見つめる。馬運車にも乗せられないほどバランスが崩れており、その場で幕が張られた。スタンドからは見えないようになっていたが、5階の中継席からは幕の上から見下ろす形なので、安楽死の措置を見届けることになってしまった。競馬場でその一部始終を目撃したのは、長いこの仕事の中でも初めてだ。

あっという間にマルヨバクシンの身体は横たわり、10人以上の係員が引き摺るようにして車に運び上げる。実に滞りなく一切は終わり、幕が解かれたターフには何事もない情景が再び広がった。

忘れた頃に突きつけられる競馬の持っている真実の側面の1つ。いつもこの手の事故が起きると書くことだが、命を落とした馬の名を記憶の片隅に留めておくことしか、傍観者に出来る供養はない。

 

福島開催は例年日帰りの旅。福島駅で時期が終わる寸前の佐藤錦を買い新幹線へ。20時半頃に帰宅し、そのまま一気に予想原稿へ。日付が変わるころには倒れるように就寝。

 

 

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