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2018年5月18日 (金)

秀樹逝去、反則タックル、ギャンブル依存

 昔、冬休みや正月が待ち遠しかった子供の頃は、ジュリー、百恵、秀樹、ひろみに五郎・・・と歌番組でそろい踏みするようになるといよいよ年末が近づいたことを感じていた。西城秀樹は、デビューしたのが私が小学校3年生の頃だったが、男の子人気も高かった。ひろみや五郎の男児ファンは記憶にない。

昭和40年代後半から50年代を象徴するスターが、また一人いなくなってしまった。

 

20数年前、ヒデキとみうらじゅんさんとの対談を読んだら、「ヴォーカルスタイルはレッドツェッペリンの影響が大きい」ということを話していて、そうかあの絶唱スタイルはロバートプラントだったのかと膝を打ったものだった。てっきり、真木ひでと的なGSの追従を、プロダクションがさせていたのかと思っていた。

 YМCAばかりが流れるので、個人的に秀樹3大楽曲を挙げておく。勝手に探して見てください。1に「激しい恋」。♪やめろと言われても の後の、独特のダンスが学校で流行ったものだ。イントロが神。当時全盛のブラスロックのテイストが強く、とにかくカッコイイ。2に「ブルースカイブルー」。今聞き直すと、アイドルが不倫を歌った革命的な歌だったと気づくが、何よりメロディーが良い。そして「愛の園」。スティーヴィ―ワンダーの曲のカヴァー。有名になりかけた頃の坂本龍一がアレンジを手掛けて、なんだか霊歌のような仕上がりになっている異色の曲。

 こうしてみると、歌謡曲のスターでありながら、ロックフリークとしていかに折り合いをつけていたかということがよく分かる。追悼記事には、レコード会社と数えきれないくらい曲の内容で激突していたとあった。ロックシンガー的視点で専門誌がきちんと追悼特集すべきなのかも。

 誤解を招く書き方だが、寺内貫太郎一家を見ていたころに、小林亜星や悠木千帆(樹木希林の当時の名前ね)より先に西城秀樹が逝くことになるとは万に1つも思わなかった。

 

◆大学アメフトの暴走タックル事件。自分が被害者の親なら、相手の監督の指示がハッキリしたら即告訴するだろうな。報道では、大学上層部のドロドロしたものが監督を守ろうとしている背景にあるようなことも伝わっている。日大アメフト部の学生は、大人の圧力があるのなら、そんなものに負けずに反逆してほしい。ケガ人の犠牲はあったが、膿を出す機会かもしれない。

 

◆先日見た夢は、なぜか役者か何かになっていて、芝居のセリフを覚えていないまま演技当日を迎えてしまって焦りまくっているというもの。これまでは何度も、2時間生放送の選曲をしていなくて、本番5分前にレコード質へ飛び込んで焦っているという夢を見てきたが、これは初のパターン。何かを忘れて焦っている点が共通。絶対に心理に何かあるな。

 

◆前回紹介したNHKの競馬特集に対しての、ギャンブル依存症対策に携わる弁護士からの非難に対する反論が、競馬サークルやファンの間でかなり盛り上がっているようだ。昨日教えてもらって、件の女性弁護士のツイートやブログを見てみたのだけど、昔からよくあるステレオタイプのクレームで、別に今はじまったことではないという印象。立場的にあの内容に食いついてくるのは、仕事として当然という気もする。しかもギャンブル廃止を提唱しているのではなく、子供にギャンブルに踏み込む契機を与えるようなことを、公共放送がやったことへの批判であり、受け取る側もそこをはき違えてはいけないと思う。だから何とも思わないというのが正直なところ。ただクレームの質や種類としては、例えば死刑廃止論とか、ちびくろサンボは黒人差別だから教科書から追放すべきとか、その手のものと同じように思えるが(死刑廃止論もちびくろサンボもギャンブル狂いと違って実害は生み出さないけれど、クレームの方向性という意味で、ね)。

 

それよりなにより、この程度の話題で盛り上がれるなんて、日本は平和だなあということだが、そんなこと書くとふざけているみたいに思われるか?

 

それにしても、自分も確かに競馬をやっていなければよかったと思うこともたまにあるけれど(ギャンブルとしてもあるし、時間や他にも意義のある週末を過ごせたのにという意味もあるし)、結局、生まれ変わることがあるとしたら、やはり競馬をやるんだろうなあ、きっとまた子供のころから。ノーホース、ノーライフではないけれど、ノーホースレーシング、ノーライフではあるし。

 

ということで、馬券を買う週末が来ました。個人的にオークスはかなり控えめになると思いますが。

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