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2020年3月30日 (月)

追悼

桜が散る中、偉大なコメディアンが逝ってしまった。
 自分の年代が、全員集合を見て毎週七転八倒していたのは小学校1,2,3年生あたりの時期で、その頃はまだ志村けんはドリフにはいなかった。5年生の後半くらいから加入したはず。当時は、すわしんじという、同じく見習いとしてブルースリーの真似をして乱入していた人(のちにザニュースペーパーで中心的な存在となる)の方が人気があり、てっきりそっちが昇格するのだと思っていたら、見かけが若くて近所にもいそうな志村けんの方だった。
 しかしこの新人が瞬く間に小中学生のヒーローになっていく。一番凄かった頃の志村けんやたけしをリアルタイムで見られたのは、自分の世代に共通する数少ない幸せな体験の1つだ。

 

 音楽、とりわけブラックミュージックに造詣が深いということは、のちに知ることになる。ヒゲダンスの音楽がテディ・ペンダーグラスをネタ元にしたことも、自分が音楽周辺の仕事をするようになってから知ったのだが、それが本人からのアイディアであると聞いて驚いたものだ。かなりのR&B、ソウルのコレクターで、若い頃はビートルズフリークだったとのこと。ドリフが前座を務めたビートルズ来日公演にも客として武道館に行っていたそう。当時はドリフのことをどう思っていたのだろうか・・・。

 

 所有していた馬としてはアイーンベルが知られるが、それ以外にも何頭か持っていたものの、ついにJRAでは馬主として初勝利を挙げることはできなかった。アイーンベルはサンデー×ミスベルベールなのに、なぜ勝てなかったか・・・。ただ、アイーンベルの生んだヴィーダが、15日の中山8Rで逃げ切り勝ち。志村さんはこのことを知っていただろうか・・・。
 ともあれ、たくさんの笑いをありがとうという思いに尽きる。どうぞ安らかに。

 

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