本文へジャンプします。




« 雑記 | トップページ | 6月6日・土曜の競馬 »

2020年6月 5日 (金)

この2ヶ月間考えたこと

◆前回の表現の自由云々で書き忘れたこと。私は表現と言説・言論は分けて考えた方がいいという趣旨のことを書いたが、先日ラジオでリリー・フランキー氏が表現という言葉の定義から、とても分かりやすい見解を述べていたことを思い出した。「表現が自分の内面の発露である以上、匿名の表現はあり得ない」「匿名の物言いはあってもいいが社会的には無価値である」「個人の人権を脅かし、脅迫するような行為が表現とされる時代は永遠に来ない」「だから表現の自由という言葉を考え無しに使うべきではない」というような論調。さすが慧眼である。

 

以下コロナウイルス禍の中で考えたことをつらつらと。どこかでまとめておかないと、自分の気が済まなかったので。

 

◆いろいろな局面において、下に置く層や構図を作って傾斜をつけ、マウントを取って叩くというのは、昔から洋の東西を問わず人間が行ってきた悲しい習性であることは、歴史を眺めれば明らかである。時代は流れても、理性はさして前進せず、様相や時代背景を変えて同じようなことが続いている。ただそれがこのところあからさまであり、権力者が悪あがきで行っている分、一層たちが悪い。

 

◆以前ツイッターにも書いたけれど、国民が耐えて(耐えきれず無念の廃業に追い込まれた方々もたくさんいる)耐え忍んだことが、曲がりなりにも緊急事態宣言を解除できる状況に繋がっている。決して政治家たちが自分の方策が正しかったと、手柄として誇ることでもない。放っておけば、ボロマスク2枚とお肉券で済まされていたかもしれなかったわけで、少ないとはいえ給付金を実現させ、補助金をいくつか出させて、またお金だけでなく「4日間発熱が続いたら」の見解を変えさせたのは、国民が声を挙げたからである。日本はまだその意味で形は民主的な国家であるのだろう。
(その4日間問題を国民の勘違いとした加藤厚労相の発言は、このコロナ禍の中で最低最悪のものだったと個人的には思う)

 

ツイッターあたりから私を知ってくださった方は信じないかもしれないが、私には政治的信条はない。ブログを昔からお読みの方はお分かりだろう。左も右も結局地平は同じ、与党も野党も同じくらいダメであり、またどちらにもしっかり仕事をしている正しい政治家は、少ないだろうが確実にいる、という立場だ。

 

私の判断基準は自分の気に入るか入らないか、それだけである。私はバカにされることが一番嫌いで、政治家においても国民を欺く、バカにするというのが最悪だと考えており、政党関係なくそういう政治家は退くべき、斥けるべきと考えている。今回の黒川氏を巡る一連の動きはまさにそれ。さすがにこれはやっちゃダメだろと思ったし、しかも今かよ、と。だからこそ反対運動には共鳴した。結局間抜けな形で幕となったわけだが、このコロナウイルス襲来という国家的というか世界的災厄の最中に、これまでいわくつきの判決を繰り返した人間を守る、またそういうことができるような構図を今後も維持しようという法律を通そうとしていたこと自体が、あまりにもバカげている。
そもそも、義務教育を出ていれば、これがいかに国民主権から離れたことか、すぐに判断できるはず。例えば国家公務員の定年延長ということだけを押し出した、耳当たりのいいごまかしや詭弁に乗っからないくらいの基本的な知性や感性を持っていなければ、今の時代は危ういと痛感させられる。

 

プロの検事、判事たちのみならず、一部の芸術、芸能人が声を挙げたことも話題となった。彼らは感覚が鋭敏ゆえ、いわゆる「炭鉱のカナリア」のような役割を果たしたのだと言える。

 

少し長くなるが、別に分けるような記事ではないので、一気に書くことにする。

 

◆広い意味でのコロナ禍には、各所に分断を生んで対立が生まれたことも含まれるだろう。その1つに自粛警察と言われる一連の動きがある。その主な年齢層は中高年だったそうだが、中高年になると、何においても極端な方向に行くということが多くなる。右でも左でもそうだが、ツイッターで1日中非難し合っている人たちも年齢的にはここに該当。
本当の信念に交じって、妄想、金で雇われている人、ただの無知など入り混じっているから実に厄介なのだが、内閣無条件肯定側はそもそも頭の悪さ丸出し、その反対側は何事も悪にこじつけて方向性を見失い、カルト化(本来の意味での塊、として)しているからこそ世間一般の支持が得られないことも分からず先鋭化していく。どちらにせよ何か1つの立場を取ると、すべて同じ立場に徹しないといけないと考えるのは、日本人の悪いところであると思う。

 

◆今まで無条件にその知見に敬意を抱いていた医療関係にもまた分断が出た。これは分断というより、真贋がバレたというべきか。WHО系列、助成金の流れなどを背景に、自分の所属している医院や学会、組織によって、見解が変わることもあからさまとなった。どの医療コメンテーターがどんなことを言うか、ひとあたり見たら、もうテレビに出るレベルの人たちの見解をどう捉えたらいいか判断がついたので、全くテレビを見る必要がなくなった。予防、治療、感染拡大の対策をごちゃごちゃにしている医師もいて、結局は個々人の哲学の問題かと。
それなら最新情報をWEBニュースで見て関心があったら、その見解を出している組織と、自分が共感する研究者、学者の見解をチェックして理解するのが一番正確で速い。
それはともかくとして、本当に医師会は懸命の舵切りを続けたと思う。感謝しかない。これからもまだまだ波はやってくると思うが・・・。とにかくムダ金を取り合うことなく、こうした分野にもっとバックアップの補償を。

 

と同時に、医療関係ばかりでなく、顔も知らない不特定多数の人々の安全と生活のために、健康面のリスクを冒して働き続ける職種の皆さんに、同じように感謝と補助を。 以上。

 

 

 

|