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2020年12月30日 (水)

今年最後の更新です

 今日(30日)、自分のメルマガの原稿で仕事納め。年明けは3日に出馬が発表になるので、それまでは締め切りもなく、「ねばならないこと」のない日が続く。何とか今年も年は越せそうだ。
 そもそも、競馬がつつがなく開催されているからこそ今があるのであり、競馬が止まったら、世間でコロナ禍に喘ぐ多くの業種の方々と同じ立場に放り出されるわけだ。人生は運1つ、そして努力などではどうにもならない領分が大きいことも改めて突き付けられた1年でもあった。「板子一枚下は地獄」という、昔から漁師が言っているあの台詞。それが今年の心境でもある。

◆個人的には、振り返ると春は急性甲状腺炎、秋は胆石手術と、しばらく臥せることを余儀なくされる病気に罹ってしまったことが悔やまれる。加齢とは直接関係ない病気とはいえ、今後は年ごとに何か衰えが出てくるはずで、これをいかに緩やかに抑えていくかが、自分にとっての最大の命題となっていく。
 
◆暗いことばかり書いていても仕方がない。自分にとっては、前回も書いたように上半期の一時、瞬間的に幸運が続いた時期があった。払い戻しの大きさでは宝塚記念だが、それよりも予想者としての本懐を束の間感じたのは、安田記念で3頭にだけ印を打ち、その3頭が順番に入ってきたことだった。オッズは大したことがなくても、予想という意味では、手順の正しさ、無駄を排し力量と適性含め、レースの構図を完全に読めたことがたまたまできたのであろう。これまでに感じたことのない充足感をレース後に覚えた。
 再びあの感覚を味わえる日は来るのか不安ではあるが、そうなるように精進するしかない。競馬予想は「永遠の未完成」である。馬が入れ替わり、人も入れ替わるからである。また過程に正解がなく、結果が正しければそれが評価されるという世界でもあるからだ。

◆あと、今年新たに始めたのは恥ずかしながら今更のツイッター。最初はやや扱いに不慣れでご迷惑をおかけした方もあったかと思うが、今は自分なりに掴んで楽しめている。たまにおかしいのが絡んでくるが、ミュートで快適(笑)。
ツイッターでなければできなかった形のコミュニケーションも取れるようになり、世界は少し広がった気がする。数少ない今年の収穫の1つ。

◆今、朝にNHKで「たけしくん、ハイ」の再放送をやっている。ついつい見入ってしまうのだが、さすがに私の幼少期とは時代は20年違うけれど、名残りのような感覚は昭和40年代にもあった。共感できる要素や背景も所々に。

 思い出すに、当時の年末、私にはルーティンの年越し準備があった。何も私だけのことではなく、皆子供たちはそうだったのでないだろうか。
 うちの場合は、まず障子紙の張り替えだ。堂々と障子紙を破くことができる唯一の日。束の間の発散のあとは、冷たい水でぞうきんを絞り、外へ桟を持ち出して濡れ雑巾でへばりついた紙を濡らして剥がすという、一変して寒くてつらい作業が待っている。子供の単独任務はここまで、あとは桟が乾いたところで、親が糊を塗り、障子紙を貼るのを手伝うことになる。
 ガラス拭きあたりはどこの家庭でもあったと思うが、私の場合は薪割りが大事な任務だった。これを経験していた子供はさすがにそうそういないだろう。大きな鉈を振るって窯に入る大きさにする肉体労働。我が家は風呂を薪で焚いていたのだ(大工だったので廃材がたくさんあったから)。
この時期は、年始分もまとめて薪を作っていた。薪割りは確か小学校5年生以降、高校2年に引っ越すまで、そもそも私の任務だった。
 
そしてのし餅や、父親の里から送られてくる新巻き鮭の切り分けの手伝い、焚火などの作業もあった。毎年12月29,30,31日あたりでこうした作業を淡々とこなしていたことを思い出す。決まった作業を行うことで、新年を迎える心持というのが子供ながらに固まっていくような感覚があった。
 今は、せめて自分の部屋の「小規模な大掃除」くらい。情緒的なものはまるでない。

 ということで、年内の更新はこれが最後。お付き合い頂いて今年もありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。
 皆さま、どうかご無事でよいお年を。

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