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2024年4月19日 (金)

雑記

◆今年は気候の影響で、関東では例年より桜が後ろ寄りになり、開花していた時間も長かったというのだけど、自分としては、なんとなく中途半端なまま終わってしまったという感がある。例年のように、一斉にパッと咲いて一気に満開とならなかったからか、爛漫という感じもなく散ったように思えるのだ。咲く枝と散る枝が常に入れ替わっていて、MAXに至らなかったというか。自然に対して文句を言っているわけではないが、不完全燃焼には違いない。

 毎年、国立の大学通りと多磨霊園、そして府中の桜通りの桜を眺めるのが定番。ツイッターにも挙げた国立で何とか満足できたものの、多磨霊園はあの圧倒するような咲きっぷりには程遠く、枝垂れ桜も咲き切らず。
そして大規模な伐採や植え替えを行った府中桜通りは寂しいまま。3,4年前までは、桜で左右と上を覆われた廊下を歩いているかのようだったのに、この感じでは、あの姿が戻るには20年くらいはかかるのではないか。残された時間を考えると、もう自分は見られないのだろう。

 物足りなかったと書いた多磨霊園だったが、地面に散った花弁が、ところどころで小さなつむじ風に巻かれて立ち上るさまは、実に美しかった。あの渦を近くで見たい、あわよくば中に入ってみたいと思って歩み寄ると、たいていパッと渦が消えて、足元に無粋に散らばってしまう。自分が近づいたから物理的に風が乱れて消えているのかどうかは分からないが、この「ままならなさ」にはなんとなく既視感を。

◆先日他界されたヤギヤスオ(八木康夫)さんのこと。もちろん、細野晴臣さんの歴史的名盤「泰安洋行」や「トロピカルダンディ」のジャケットデザイナーとしては学生時代から知ってはいたのだけど、自分にとっての最初のインパクトは、やはりじゃがたらに関してのワークだ。
ボーカル江戸アケミ(江戸正孝)が精神病院に入院する直前のLIVEをA面、外出許可が出て最初のLIVEをB面に収めた「君と踊り明かそう日の出を見るまで」、もちろんジャケット制作に加え、これに付けられたブックレットも記していた。それまでまとまった記述に乏しかったじゃがたらというバンドの歴史、そしてアケミ個人のパーソナリティは、このブックレットで初めて知れた人が大半だったはずで、しかもアケミが発狂する前後の状況を、極めて客観的なドキュメントとして記録している。付かず離れずの立ち位置から、冷静な中にもうねった筆致で記した文章には戦慄を覚えたものだ。そして、それから10年近くを経て、アケミの追悼ベストアルバムのライナーも書いていて、こちらでは感情溢れるままに混乱したトーンの文章が収められている。

 生前のヤギさんには2回インタビューした。最初は88年頃、じゃがたら関連の取材で、ヤギさんがメンバーと最初に遭遇した(ジャケット制作の依頼のために呼び出された)という、市ケ谷駅前の某喫茶店で。そしてもう1回は、その90年頃、当時インクスティック芝浦ファクトリーの近くの、古いマンション内にあったヤギさんのアトリエにて、フランクザッパ関係の取材で。薄暗い部屋の中で、ランプだけを点けていた。当時はまだあの長いヤギひげはなく、終わるまで全く笑顔を見せなかった記憶がある。極めて淡々としていて、おそらくその後の著述から察するに、当時はメンタルがあまり順調ではなかった時期のようだった。
 その後ヤギさんは山中湖の近くの、人里離れた廃屋を改修して移り住み、人との往来をほぼ断ってしまった。ブログなどSNSは見ていたけれど、昨年秋ごろからツイッターも更新されなくなっていたのが気にはなっていたが・・・。JAGATARAのアケミもナベちゃんもシノちゃんも、それからフールズの大半のメンバーもすでにそっちへ行っているから、おそらくは不埒な?再会を果たしているのだと思う。

◆先日、夏のホテル予約が困難云々と書いたが、あくまで噂ながら、さもありなんという1つの理由を。
どうも円安により、日本への旅行を集中して組んでいる海外の旅行会社たちが、競って押さえているようだ、という話。直前にキャンセルがけっこう出るのでは?という見解もあるが、さてどうなりますか。有名観光地だけでなく、東北や四国、山陰に北陸など、従来は外国人があまり目を向けなかった地方への旅が人気という報道は、確かに目にしたことがある。円安状況が続く限り、夏に限らず、こんな状況は続くのかもしれない。

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